図0:陰を入れる前のベッキー
『ぱにぽにだっしゅ』ヤバい、超ヤバい。このアニメについては
あまぞんのレビューで絶賛しておいたけど、もう1つ俺的に評価しておきたい点がある。それは、主人公ベッキー・宮本の
金髪の陰の部分をピンクで塗っているというところだ。金髪の陰をピンクで塗ることの何がどうすごいのか、ベキ子の髪をいじりながら説明してみよう。
図1:明度を下げるのみ
じゃあそもそも、陰(シェード)の色ってのは、普通どうやって決まるんだろうか、というところから考えてみよう。
真っ先に思いつくのは、単純に髪の地の色の明度を下げればいいんじゃないかというところだ。明度を下げて陰色を塗ってみたのが図1だ。
よく見て欲しい。陰の部分が緑っぽく(あるいは青っぽく)見えると思う。そのままの色相で明度を下げただけなのに、色味(色相)が変化している。なぜだろう。答えは、「錯覚」だ。
図2:色陰現象とその補正
この錯覚は、色陰現象と呼ばれる。彩度の高い色の隣に彩度の低い色があると、彩度の低い色の方は補色に近づいて(補色との加法混色に)見えるのだ。
図3:明度を下げ色相を赤方向に
そのため俺たち絵描きは普通、明度自体はそれほど下げずに、“補色に引きずられる色とは逆の色(色相環の反対側にある色)寄り”に、陰の色を設定する。そうすると、例えば図3のような色合いになる。これくらいが、金髪の陰として無難なところだろう。
以上が、一般的な陰色の決定のメソッドだ。もちろん、絵師はこんなめんどくさいことをいちいち考えているわけはなく、経験と勘でやっているのだけれど、言語化すればこんな感じだろう。
さて明度を下げただけの図1と、明度をそれほど下げずに色相をずらした図3の画像は、実は、グレイスケール化すると、全く同一になる。というか、そうなるように色を選んでみた。
どういうことかというと、どちらの画像も、輝度成分、つまり「人間の目が感じる明るさ」は、計算上等しい、ということを意味している。
図5:グレースケール化した色相環しかし
図1と
図3を並べてみると、とても明るさが等しいとは思えない。どうも
図1の方が暗く見える。なぜか。それは、先ほども述べたように、左の画像は
色陰現象によって青味がかった色合いに見えるため、
髪全体の見かけ上の輝度が下がっているのだ。青はとても暗い色である。その青に引きずられるせいで、全体が暗く見えるのだ。
実は、色には「色自体の持つ明るさ」がある。
図5を見て欲しい。これは、
図2で用いた色相環をグレースケール化したものだ。赤(

)と緑(

)を加法混色した黄色(

)が最も明るく、青(

)が最も暗い色であることが分かるだろう。
人間の目は光の三原色のうちの緑を突出して強く認識する。同じ強さで赤の成分があっても緑の半分以下の明るさとして認知するし、青は緑の1割くらいでしかない。なぜそうなのかといえば、人間の目がそう感知するからとしか言いようがないのだが、テレビのNTSCにしろ画像ファイルのJPEGにしろ、輝度(人の目が感じる明るさの情報)を利用するシステムは、この人間の目の特徴に依拠している。
ここまでをまとめよう。
- 彩度の高い部分の陰の色は、地の色相と同じではマズい
- 陰の部分は、色陰現象を打ち消し、全体の色調を整える色相へズラさねばならない
- 色そのものの明るさを把握すると、単に明度のみによってではなく、色相の変化によっても輝度を下げることができる
もっと分かりやすく一言でまとめるとこうなる。
- 陰の部分は、単に地の色の明度を下げただけの色で塗ってはいけない
さて、本命アニメ版の色指定を参考にして、というか、TV画面キャプチャしてレベル補正してスポイトで色拾って陰色を置いてみたのが図6である。目を引くカラーリングだ。
図6:アニメ版のベッキーは色相を赤方向にずらすのみ
図7:図6の輝度成分
図4:図1及び図3の輝度成分
この陰色、実は明度は全く下げずに、色相を赤方向へずらしただけなのである。そのため、この画像の輝度成分(図7)を見てみると、図4に比べて明るいことが分かる。こういう塗り方は、多分7、8年くらい前に、「ハイエンド系」とか呼ばれてた人達の塗りを極端にしたものだと思われる。例えば、ハラダヤの原田さんとか、一見不可思議な色で陰を塗っていたように思う。
参考までに色相を全くいじらずに同じ輝度成分を持つよう陰部分の明度だけを下げてみると、図8となる。輝度差がないため、陰部分との色の違いが分かりにくく、図1よりいっそうぱっとしない。そしてやっぱり色陰現象によって緑色がかって見える。
図8:色相そのままで図6と同じ輝度を持つ
図1
それでは、図6と図8を比較してみよう。この2つは同じ輝度であるのだから、人間の目は同じ明るさを感じるはずだ。しかし、図6の方に強い色味を感じていると思う。ということはこれも錯覚だ。どういう理由なのだろうか。
図6:アニメ版のベッキー
図8:色相そのままで図6と同じ輝度を持つ
図9:色相対比で中心は赤っぽい
図10:色相対比で中心は黄っぽいこの錯視は、多分
色相対比で説明できると思う。色相対比とは、周囲の色相の影響を受けて色相が変化して見える錯覚のことである。
図9の中心の丸は赤っぽく見え、
図10のは黄色(あるいは白)っぽく見えるが、実際には両方とも同じ、ベッキーの髪の陰に使われている色だ。
図11:陰色の色相そういえば、さっきからベッキーの陰色を「ピンク」と言っていたが、実はこの陰色の色相は、全然ピンク(マゼンダ系)ではない。単色で見れば、薄いオレンジ、それも朱色というような色である。それが黄色との色相対比によって、色相環の赤系の方向へ引きずられるため、ピンクっぽく見えるのである。さらに、色相対比によって低い輝度の色へシフトして見えているから、髪の毛全体の見かけ上の暗さも増しているのだ。
図8が色陰現象で暗く見える度合いより、
図6の色相対比の効果の方が強い。すげえ、すげえよこの配色!!
利点を整理しよう。ベッキーの髪は、薄い黄色とオレンジを利用して塗られているが、錯視を活かして髪を実際よりずっと濃い色に見せかけている。しかし、実際に輝度が低いわけではない。だから、ベッキーの顔がアップになって画面が髪だらけになっても、画面全体の印象が重く(暗く)なることはないのだ。
この塗りから得られる教訓を挙げてみよう。
- 色相そのものがもつ明るさを利用することで、陰が表現ができる
- 陰の部分が大きくても、色相差を用いれば画面全体の明るさを維持できる
- 色の錯覚を利用して、実際の輝度より明るく見せたり、暗く見せたりすることができる
色って面白いねぇ。
この文章の要旨:『ぱにぽにだっしゅ』は最高。
著作者 : 未識 魚
最終更新日 : 2015-09-06 15:01:17