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ミハエルを誉めてみる

ミハエル・シューマッハは、恐らく最も偉大な F1 ドライバーである。だが彼を嫌う人が多いのも確かだ。初めてチャンピオンを取った 1994 年のマシンやガソリンにレギュレーション違反があったという疑惑はイマイチ拭えないし、デーモン・ヒルにぶつけてチャンピオンを取ったようにもみえる。F1 以前にマカオでハッキネンと当たったのも、「当てて勝とう」という意図があったように見えるし、1997年にジャック・ビルヌーブにぶつけたのは言うまでない。96 年から最も政治力の強いチームであるフェラーリに移籍したこともまた、批判する側の憤懣の溜まるところだろう。まあ、そういう人だ。

ただ、彼を応援する人は、大体そういうマージナルなグレーの部分も含めて、彼のことが好きなのだ。彼は、どんなことをしても勝とうとする。そのために数千人のチームスタッフをまとめあげる。そしてそれらを成功させてきた。彼の通算勝利数を超えるドライバーは、これから何十年という単位で出てこないだろう。しかも彼はものすごく熱い走りも見せる。絶対に勝とうとする強引さと、本当に勝ててしまう実力、そしてそこまでの桁外れの努力。それが魅力なのだ。

例えば、1998年鈴鹿。勝てばチャンピオンという最終戦で、彼は予選1位、ポールポジションを得た。しかし本戦ではフォーメーションラップのスタートに失敗し、最後尾22番手に回ってしまう。スタート前だというのにもう勝利は絶望的だ。今年チャンピオンを獲得することも不可能だ。1 年間積み上げてきた努力も勝利も全てが水泡に帰した。いや、彼一人ではない。彼を信じて支えてきた何千人ものスタッフの希望が砕かれた。シューマッハのファンも言葉が無い。一方、ハッキネンのファンは安堵した。これでチャンピオンはハッキネンだ。

誰もが「終わった」と思っていた中、彼だけは諦めていなかった。最後尾からのスタート。いきなり 1 週目に 7 台を抜いて 15 番手に浮上する。圧倒的にスピードの違うミハエルのマシンを下位のチームが積極的にブロックしなかったというのもあるが、抜き難いといわれる現代 F1 でとんでもない抜きっぷりである。さらにその後もものすごい追い上げを続け、なんと3番手にまで浮上する。1位を走行するハッキネンとは大きな差がある。しかし、諦めきっていたファンも、「おいおい、こりゃもしかしたら……」という期待を持ちだした。絶対に諦めない彼の強烈な気迫は、周囲を圧倒させるものだった。しみじみスゲェヤツだ。だが、彼の苛烈なドライビングにタイヤが付いてこられなかった。32 周目にタイヤが破裂してリタイアを余儀なくされ、チャンピオンの獲得はその 2 年後までお預けとなる。

ミハエル・シューマッハの F1 でのレースは、彼の 91 年のデビュー戦から全て見てきた。正直、あまり好きになれなかった。天才セナ亡き後の間隙を突けたラッキーなヤツだと思っていた。だが 1996 年には糞車と言われる F310 で劇走していた。その翌年にはもう、フェラーリをチャンピオン争いをするチームに導いていた。その年にはジャックにぶつけて勝とうとして、全ポイントを剥奪されるという彼のレース人生最大の汚点も演じているわけだが、彼は単純なエゴだけで勝とうとしてるのではない。彼の全ての行動は、数千人のスタッフを導く者として、上に立つ偶像としての側面と、実務をこなしきる技術者としての側面を兼ね備えた人間の、何が何でも勝つという強い熱情に支えられているのだ。そう考えれば、彼の行動に何一つ不自然な点はない。これほど一貫して強い人間がいるだろうか。だから、私は半ば呆然としながら、しかし深く感心しながらミハエル・シューマッハを見つめてきた。倫理的に肯んじにくい部分はある。とはいっても、彼が勝っている限り多くの批判も負け犬の遠吠えになるだろう。

シューマッハは、6度目の世界チャンピオンという前人未踏の偉業を成し遂げた。彼は 100 年に 1 人クラスのドライバーだろう。もちろんそこには、卓越したドライビングテクニックのみならず、マシンの開発能力やチームの精神的支柱としての意味も含まれる。セナはとても偉大なドライバーだが、彼はあくまでもカードライバーに徹した(といわれている)。シューマッハは、チームを丸ごと勝利へ駆りたてるドライバーだと言える。異様なカリスマ性や存在感をもった人間だ。

今日、2004年 F1 開幕戦で圧勝したミハエル・シューマッハ。彼の走る道は、今年もフロンティアと呼ばれるだろうか。

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著作者 : 未識 魚
最終更新日 : 2006-09-26 17:58:42


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