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さらなる負け犬が遠吠えをしてみる

「負け犬」って言葉があるじゃないですか。酒井順子という人が、『負け犬の遠吠え』という本で煽っているのだが、「30 代以上で、未婚で、子ナシ」の女性のことをそう呼ぶんだそうだ。このエッセイ本についてはすでにいろんな人がいろいろ言及してるから、いまさらどうでもいいと思うが、ロリとして自分の立場を正当化する方向から強引に電波を飛ばしてみよう。そんなこと言うヤツはあまりいないだろうからな。

率直なところ、30 歳以上で未婚で子ナシの女性を無価値だとしてくれて、しかも女性にまでその価値観を明示してくれるなんて、ありがたい限りである。だって、そういう女性のことを男性は考慮する必要がない、つか、そんな女には何の魅力もない、っていう価値観を、社会の大部分に広めてくれてるわけじゃない。それはつまりさ、多くの男性が恋愛対象としては、…いや、はっきり言おう、多くの結婚を決意する男性が性の対象とする( = 自らが扶養する価値があると考える)のは、20 代から下の女性であるっていうのを、間接的に認めてくれてることになる。

では、20 代から下はどこからどこまでが認められるのか。16 歳で結婚できるとして、16 歳から 29 歳までしか性的な価値がないのだろうか。そんなわけはない。15 歳 364 日の女の子と 16 歳とで何が違うのかっていうと、もちろん何かが明確に違うわけじゃない。ただそう決めてあるだけだ。15 歳の女の子くらいだったら、オッケーというヌルいロリな人、いっぱいいるよね? その手の人たちは喜んでくれ。少なくともその価値観は、酒井順子にも認められ多くの女性にも共感されてるようなものだ。

少年少女を性的に搾取しないというのは社会的なルールであるが、法としてのルールと倫理としてのルールとを明確に分けておかないと、そろそろ破綻が起きるんじゃないかね。つまり、逸脱が許されないルール(法)と、逸脱が許されるルール(倫理)を明確にしろ、ってことね。幼女をニヤニヤ眺めてるデブヲタなんてのは確かにキモい。でも、傷害や拉致に走るのでもない限り、その程度の逸脱は、倫理でジャッジすべき範囲(つまりは許される範囲)である。こういったデブヲタを取り締まる根拠としてよく挙げられるのが割れ窓理論だが、こいつの最大の欠点は、倫理を法で縛ろうとするところ、である。一切逸脱が許されないルール(法)で趣味・嗜好の類を縛っちゃうと、いつの日か、間欠泉のような形で破綻を招くことが危惧される。破綻というと、ロリな人は政府による一層強烈な締め付け、なんてのを考えるだろうけど、必ずしもそればかりじゃない。逆に、日本の成人女性が男性からまったく相手にされなくなる、なんていう破綻もありえるかもよ? だって成人女性って賞味期限切れてるわけじゃない? そしてその価値観を、成人女性自らが認めてるんだもん。すごい話だね。

階層化して結婚や育児に異様なコストのかかる社会でも、エリートはおそらく結婚して育児を続けると思う。そうすることがエリートの証だから。逆に言えば、そうすることが責務であるという信念を持てるのがエリートだ。で、それ以外はどうすればいいのかな。ジワジワと広がっていくカースト制みたいな階層感。

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著作者 : 未識 魚
最終更新日 : 2006-09-26 17:58:18


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