情報通信技術が提供できるもの、それは人間の頭の中にしか存在できなかった論理的な構造を仮想的に具現化したものであると考えられる。
別に小難しいことではない。たとえば、画像ファイルをウェブに載せるということを考えてみようよ。自分の描いた絵を常に世界へ向けて公開しておけるって、ものすごいことじゃないですか。ウェブを作ったティム・リーだって、他人の論文がいつでも読みたかったから、そのためのシステムを作ったというだけだ。この欲望は、なかなかリアルワールドで実現させることは難しい。24時間開いている美術館。いつでも専門書が探せる図書館。しかも自宅から徒歩 0 分。そんなものは物理的には存在できない。仮想だから、実体が伴わないから、実現できた欲望だ。
情報通信技術が、なぜ素人に小難しく見えるのかといえば、それは全てが仮想的で論理的な概念の積み上げによって構成されているからだ。マウスのクリックやキーの入力といった人間の物理的な動作が、どのような「イベント」となるか、それは、OS やアプリケーションが勝手に決めることだ。同じ場所でマウスをクリックしても、それはファイルの選択であるかもしれないし、ハイパーリンクをたどるのかもしれないし、画面上に点を描くのかもしれないし、ウインドウを閉じるのかもしれない。そういった取り決めごとは、PC の操作に慣れてくると何も意識しなくなる。でも我々は、ものすごく多数の、誰かが作った論理的な概念に従い、その操作の約束事に基づいて、行動している。すごく便利でありながら、誰かの設計思想に規制されている。
そう、これがローレンス・レッシグのいう、「アーキテクチャ」というヤツだ。「アーキテクチャ」というのは、ひとたび気づいてしまうと、なんだかあまり気持ちのいい存在ではない。自分の自由行動であるかのように思えていた行動も、実は「何か」によってさり気なく行動の限界が設定されていたことを気づいてしまうからだ。
でも、「アーキテクチャ」をいきなり捨てたり変えたりするのは無茶なんだ。キーボードを捨てられますか? 俺はもう紙に鉛筆と消しゴムで文章を書くなんて想像もしたくない。あまり洗練されてるとも思わないけど、いまさら http を捨てるなんて論外だ。Windowsは捨てようと思えば捨てられるかもしれないが、俺はきっとウインドウマネージャに KDE を選んじまうだろうな。「アーキテクチャ」は強く個人の行動を支配する。
しかし、別の考え方もできる。紙とペンという「アーキテクチャ」に対し、キーボードという提案がなされ、俺はそれを歓迎し受け入れた。キーボードという「アーキテクチャ」は、紙の上では可能だった俺の行動の自由や表現力をそれなりに奪っているけれど、しかしその代わりに色々な機能や利便性を提案してくれているし、またこれを利用して、今まで絶対にできなかったことができるじゃないか。キーボードを使わなきゃ、締切4時間前から1万字近い文章を綺麗な字ででっち上げるなんて不可能だ。
重要なのは、ある「アーキテクチャ」での行動の自由度はどれくらいあって、また、その「アーキテクチャ」をどこまで改変していくことが可能なのか、というところだろう。お仕着せのモノが持つ気持ち悪さを抱えながら、でも己の良心に従って、ちょいとばかしの抵抗をしながら生きていくのが、情報通信技術産業に携わる者の生き様というやつなのではないかなぁ、とか思うのだ。
最近困ったなぁと感じてるのは、この程度のことを口頭で説明しても、なかなか理解してもらえないという事実。何が分かりにくいのかワカラン! と切れたいとこだが、ああなんてこったい、SFC でも、WORD の使い方とか教えるんですかぁ。それじゃ情報技術の分かる管理職の育成とかじゃなくて、ただの消費者じゃないですか。参ったなぁ。どうすれば少しマシになるのか、そんなことを考えている人間は、技術者の中には大勢いるのだけれど、文章としてまとめる気のある人はあまりいないんだ。そして、世にはびこる情報社会論は、文系の学者の視点、つまりは情報技術を利用する人間のものばっかりになる。これがさらに絶望感を煽る。
お仕着せのアーキテクチャが気持ち悪くても、それは技術者ならある程度打破していける。例えば、キーボードの配列が気持ち悪ければ、物理的 or 論理的にマッピング変えちまえばいい。携帯電話のように10キーで全てのアルファベットが入力したいなら、そういうアプリケーションを組んでもいい。そういったことを考えるのも、実際に組むのも、(ヒマがあればだが)楽しい。でも文系の学者には、そういったことはまず理解できない。一方の技術者は、文系の学者と議論して説き伏せるほどの、文章構成力が無い。そして、大半の人間には、何が問題なのかも分からない。というわけで、情報社会に関する「学際的」な議論は、全然かみ合わずに空転するか、枝葉末節に終止しがちなんだ。
がんばろーっと。
著作者 : 未識 魚
最終更新日 : 2006-09-27 01:30:17