佳作です。
作者の大西さんの雑文をはじめて読んでから、もう何年になるか、よく分からないくらい。当時私はまだダラダラと学部生をやっていたはずだ(しかし現在も大学に通っているというところが我ながらファンキーだ)。大西さんは90年代後半から雑文サイトを主催していて、安定した筆力のところどころからにじみ出る怜悧な知性や思考などから、サイトには独特のオーラがあった。俺は、不思議な人だなぁという印象を抱いた。時々繰り出す全然本気じゃなさそうな企画ネタ、バナナワニとか超光速流スピードマンといったセンスからも、ますます俺は「この人は変だ」(最上級褒め言葉)という確信を深めていった。その後雑文を読み進めていくうちに、某独立行政法人の研究者というプロフィールも見えてきて、ああなるほどねぇと一人で納得したりもしていた。
大西さんのサイトは、90年代の終わり頃にちょっとだけ流行った雑文サイトの中でも、異彩を放っていた。誤解しないでほしいのだが、雑文サイトというのは、侍魂などのテキストいじりサイトとは一線を画す。侍魂とかのサイトは、何か1つのトピックを過剰に修飾して面白おかしく語るもので、テレビのバラエティーに無理やり挿入されるテロップが連続しているようなものだ。一方の雑文サイトは、純粋にエッセイやショートショートなど、文章の面白さだけで読者を引っ張ることを目指す。写真も無い。イラストも無い。文章だけの勝負だ。だから、テキストサイトよりはハードルが比較的高く、流行ったとはいえそれほど大きなムーブメントではなかった。そして、その手のサイトで当時の最大手だった雑文館がドメインごと消滅し、「週刊元Cinderella Search」や「それだけは聞かんとってくれ」などの有名どころがほとんど更新を止めてしまったここ最近は、着想が面白く、文中の嘘や技術的な間違いがなく、しかも文芸的にも読ませる優れた雑文サイトというのは、大西さんのところしかなくなってしまった、と俺は認識している。だから俺は彼のサイトの大ファンなのである。
その大西さんが初めて書いたラノベが本作だ。緩い魔法の世界、とそのキャッチコピーは語っている。昔のショートショートの中で描かれていたのは、こういう世界だったのか、とドキドキしながら爽快でちょっと切ない読後感を堪能した。やっぱり大西さんは面白い作品を書いてくれました。猫耳付けた露出の多い女の子が呪文を唱えてチャンバラするような話でもないし(まあ俺はそういうのも好きだけどな)、すんごい巨悪を愛だか友情だかの力で打ち負かすような話でもない。地味といわれれば地味だと思う。いわゆる魔法の世界を描こうとしながらも、科学というものがしっかりあって、両者がバランスする世界を描き出そうとするところにかなりの紙幅を割いている。科学者らしい理屈っぽさがあちこちにあって、それは地味さにつながってるのかもしれないけど、でもそれが大西テイストであり、また、作者のSF魂を感じずには居られないポイントでもある。10代の理屈っぽい男の子の恋愛の描き方にも、ちょっとやられたな、と俺は感心したのでした。エロゲーじゃこういうのはなかなか描きにくいしね。そして、正直俺は大西さんの世界の絵が描いてみたくなったのだ。だから、後でこっそり描いてみよう。
責任の一端は是非大塚英志にも負わせるべきだと思うが、いわゆる普通のラノベは、ラノベというジャンルの再生産に入っているのだろう。90年代はエロゲーでこの10年はラノベの時代とか言ったヤツがいるらしいけど、ラノベをメディアとして続けていきたいのなら、ラノベの再生産をする人達じゃなくて、ラノベ以外の地平からの血を入れないとダメだということを、多分編集や経営の人たちも認識していて、そんな中で、筆の立つ科学者という大西さんに白羽の矢を当てたソフトバンクの誰かは、しみじみ慧眼だなぁと感心するのでしたよ。
著作者 : 未識 魚
最終更新日 : 2006-10-19 01:02:35