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児童ポルノ法の議論がかみ合わない訳

児童ポルノ法の改正、いや改悪案が進行中だ。これは正直いってものすごくヤバい。というわけで、『 児童ポルノ法改正案という本末転倒 』 という記事をライブドアに書いたけど、この一般向けの記事では書ききれなかったことを書いておきたい。

今回の児童ポルノ法の規制肯定派の人達の立脚点はこんな感じだ。

子供を裸にひん剥いて写真を撮ったり、セックスしてビデオに収めたりすることのみならず、そういう絵を描くこと、考えること自体も、子供の人権を侵害する行為だ。そうした作品が商業ラインに乗っていることも度し難い。子供達の人権を保護し、こうした行為が行われないようにしよう。

このロジックにはケチがつけられないように見えるかもしれない。でも、ライブドアの記事にも書いたとおり、こういう肯定派・推進派のロジックには詐術が入っている。記事では、自己目的化しているんじゃないか、という指摘に留めているが、せっかくだから、より厳密な表現を試みてみよう。

何が詐術なのかとというと、この法律が、2つの異なる目的の達成を強引に1つにまとめ上げているところだ。そもそも児童ポルノ法の正式名称は『児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律』という。名前から分かるとおり、この法律には2つの目的がある。

  1. 売買春や人身売買・ポルノの被写体となる子供の人権を守ること
  2. 「児童ポルノ」などの蔓延を防いで健全な社会風俗を守ること

前者は、法律が規制を行うことで個人の権利を守ろうとするものだ。このように、ある法律が個人のためにもたらそうとする利益のことを、「個人的法益」と呼ぶ。一方、後者は、「社会的法益」と呼ばれるもので、ある法律によって守られる社会全体の利益のことである。

前者が重要視されているのならば、この法律は実在の「子供の人権」を守るためにあるのだから、子供の絵や「18歳未満を演じる大人」などはどうでも良いことになる。一方、後者を重要視しようということならば、「子供の絵を描くこと」や「18歳未満を演じる大人」を禁じることだって、「社会全体に利益」をもたらすということで、法律の目的にしていると考えられなくもない。

つまり、この2つの目的は元々、守ろうとする対象が違う。これを、同一だと錯覚させているところに詐術性がある。詐術より穏便な言い方をすれば、児童ポルノ法の論理のトリックであり、それ故に議論がし辛い部分である。

前者については、個人の権利を守るため売買春や人身売買や望まない性行為を社会全体で禁止するということならば、辻褄は合っているし、論理に問題もない。個人的法益を守るという部分については、問題ないだろう。

しかし、表現を規制して社会的法益を守るという方はどうだろうか。「ポルノ」や猥褻表現を規制する理由は、社会風俗が乱れないよう維持するという社会的法益をその理由と解釈するのが一般的だが、何故「児童」の人権という個人的法益を、その理由として設定し得るのだろうか。これは、「児童」が「児童ポルノ」の被写体となることは人権の侵害であり、「児童」の人権侵害は善良な風俗などの社会的利益に反する、という理由に基づいている。今回の規制も、この発想の延長線上にある。

一見納得してしまいがちだが、ここには論理の飛躍がある。簡単に言えば、特定の個人(=「児童」)の利益とされるものを、極限まで増大させることが、社会の利益そのものである、という論理を立てているところだ。このロジックをそのまま突き詰めていけば、一部の個人の利益と社会全体の利益とが等しいことになってしまう。

これは原理的にありえないことだ。利益が無尽蔵でない限り、一部の個人の利益ばかりを増大させれば、社会全体の利益は減じてしまう。だから憲法には「公共の福祉」という概念があるわけだが、規制派はそこを無視しているどころか、個人の権利、しかも、存在しているのかどうかも良く分からない個人の権利を増大させることが公共の福祉であるというフィクションを立ててしまっている。規制派の論理は、そもそもの保護法益という、法律の根本のところから、矛盾を抱えている。

例えば、「自分の子供時代の写真を大人になってから自分の意思で公表することもできなくなる」あるいは、「芸術であれ、医療写真であれ、『児童』の裸ならアウトっぽい」というような規制が、本当に社会全体の利益になっているのかどうかは、疑わしい。児童ポルノ法の半分は、現行のものですら、このよく分からない論理を土台にしている。そして今回の改正は、この良く分からない論理をさらに推し進めようとしている。これが大変よろしくない。

ここまで原理的に考えないとしても、この規制派のロジックには、大きく分けて3つの問題がある。

  1. 定義の曖昧さの問題
    • 児童ポルノ法における「児童ポルノ」の定義が不明瞭。「児童ポルノ」には何が含まれ、何が含まれないのか。「性欲を刺激」するものでは曖昧過ぎる。
  2. 表現規制の問題
    • 「準児童ポルノ」として広く表現を規制する根拠は何か。30年前に比べて幼児への性的犯罪は劇的に減少しているのに「児童ポルノ」が犯罪を誘発しているというのは事実に反する。
  3. 健全育成の問題
    • 児童ポルノ法における「児童」を「守る」ことは本当に社会的利益なのか。少年法が見直されて刑法適用年齢を引き下げている一方で、18歳未満全てを、性的主体ではなく未成熟な「児童」と見ることには矛盾が無いか。

児童ポルノ法の改悪に反対する議論は概ねこの3つの分類とその組み合わせに分類することができる。

一方、規制の合理的に見える根拠は、「児童ポルノ」は人権の侵害であるという論理的飛躍と、それを正しいとする信念に存在することになる。だが先に見たように、これは合理的とは言えない。それ以外の根拠も、合理性ではなく倫理や信念の部類であろう。よく挙げられる根拠は、例えば以下のようなものだ。

  1. 現行法で対応可能なもの
    • 秋葉原の景観がひどい
      • 既存の猥褻物陳列罪や景観条例、風営法などで対応可能。さっさと取り締まれば?
    • U-15アイドル写真集などがひどい
      • 性欲を刺激するものだというのなら、現行の児童ポルノ法で対応可能。さっさと取り締まれば?
    • アニメ・マンガなどでの性的表現がひどい
      • そもそも青少年保護条例があり「児童」には一切売られていない。猥褻だと言うのならば刑法175条で対応可能。松文館裁判など実例もある。さっさと取り締まれば?
    • ネットのせいで猥褻な情報を入手できる
      • 猥褻なら既存の刑法でも対応可能。さっさと取り締まれば?
  2. デマ
    • 児童への犯罪が増えている
    • 内閣府の調査では国民の大半が賛成している
      • 統計の嘘。そもそも個別面接調査で性というタブーを扱う調査手法や、サンプリングにも問題がある。
  3. 感情
    • 有害情報は規制されるべき
      • 放送メディアなら恣意的な「有害」基準でも運用可能だが、個々人の表現まで一律に規制すると全体主義国家になる。受け手側で対応するのが本筋。
    • やっぱり倫理上許されない
      • 倫理と法律は別だよね。
    • 気持ち悪い
      • それは主観。主観を法律に仮託しないで。

以上を鑑みるに、この規制派と反規制派との議論は、そもそもの前提をちゃんと議論しなければ、全く噛み合いようがない。規制派は「『児童』を守れ」という信念を示し、反規制派は、「それは『児童』を守っていない」という反証を挙げる作業の繰り返しで、極めて不毛である。今何より必要なのは、規制派が議論の場に出てきて、先に挙げた規制派の問題点、A,B,C について応えることだ。もし合理的な根拠があるならば、規制は積極的に行うべきであろう。しかし合理的な根拠が無いのなら、この改悪案は無用であろう。

というわけで、MIAUでもこうした議論の場を設けたいと思う。乞うご期待! あと、登壇してみたいというエラい方も実はこっそり募集中!

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著作者 : 未識 魚
最終更新日 : 2008-03-24 22:17:07


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