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現在的な「マンガの巧さ」を里好さんで考える

哲学さんと詭弁くん1 (ドラゴンコミックスエイジ さ 11-1-1)
哲学さんと詭弁くん1
(ドラゴンコミックスエイジ さ 11-1-1)

里 好

里好さんの新刊、『哲学さんと詭弁くん』の1巻が出てちょっと経っちまったのだが、明後日には『踏切時間』も出ることだし、里好先生を崇める会会員ナンバー1番を僭称する俺が、『哲学さんと詭弁くん』のAmazonレビューをリライトして、どう巧いのかというのを解説したいと思います。

元々、日常4コマ作家というより漫才マンガ家だと思う

里好さんは中堅作家ということになるのだろうか。最初期の『うぃずりず』の頃からいわゆる日常4コマの中にいながらちょっと違う道筋を作ろうとしている作家さんだなと思っていたら、『ディス魔トピア』で少しサイバーパンクをやって、そしてまた帰ってきたのだ、漫才マンガの世界へ!!

うぃずりず (1) (まんがタイムKRコミックス)
うぃずりず
(1)
(まんがタイムKRコミックス)

里 好
ディス魔トピア(1) (アクションコミックス(コミックハイ! ))
ディス魔トピア
(1)
(アクションコミックス
(コミックハイ! ))

里 好

誤解されがちではあると思うんだが、『哲学さん~』の里好さんの土台は哲学ではない。たとえ女の子が折口さんで下の名前は多分「しのぶ」さんだとしても、そういうペダントリーは全てネタである。

里好の本質は間違いなく「漫才」だ。

Wikipediaによる漫才の定義は、「2人の会話の滑稽な掛け合いの妙などで笑いを提供する」話芸だそうだ。正にコレのことよ。小難しい言葉を使いこなして天然ボケを繰り出す女の子に翻弄される男子高校生が頑張ってツッコミを入れていくマンガである。

その漫才のネタが、哲学や社会思想から拾われているのがこの作品の「変」なところだ。範囲はかなり広い。アリストテレスちゃんからポパー、リチャード・ローティまでほぼ並列化されているところは本作の大きなポイントだ。ハイデガーのことは「センス・オブ・ワンダ~」と評しちゃう。


純粋に社会思想史的な視点から見たら文脈がブツ切りにされているわけだが、これは、全部漫才のネタなのだ。対話は時空を超える。対話とは、人間が人間たらしめる「言語」を駆使した、人間の快楽の一つである。高度に練り上げられた対話の演技である漫才で、社会思想史の文脈を振りかざすのは野暮ってもんだ。里好さんのマンガは、埋め込まれている元ネタが分からなくても普通に読めてしまうように、二重性を持って作られている。マンガを漫才として読む上で、哲学ネタは全く理解しなくても問題ないように練られている。

そうなんだ、本作は、「知ったかぶりの知識を振りかざしている高校生男女のイチャイチャラブコメマンガ」として普通に読める。むしろ、表に散りばめられている社会思想史的な概念は全部デコイ(囮)で、ただのイチャラブマンガと読んでも別に問題はない。ネコとは和解せよー。

「普通に巧い」故に巧さがわかりにくい

この後、Amazonレビューは字数の問題もあるので、「漫才マンガってのは2人の会話だけになるから、絵的な緩急がつけにくくて結構難儀する。本作はかなりその点工夫が散りばめられていて、アングルも多様だし背景にも力が入っている。3DCGフル活用なのだろうと思う。その点でも学びの多い作品だ」とだけ書いたのだけど、「本作はかなりその点工夫が散りばめられていて、アングルも多様だし背景にも力が入っている」という点を、絵描き向けにもう少し解体しておきたいと思う。というのも、里好さんの作品は、さらりと読めてしまって巧さが分かりにくいんじゃないかと思っているのだ。

里好の巧さ①:漫才マンガでの絵のバリエーション

漫才マンガは構図が単調化しやすい。だって2人が会話しているだけだから。右向きのAさんと左向きのBさんを交互に繰り返すだけでマンガとして「読める」ものになってしまうのだ。俺が同人誌で漫才するとこういう無精な絵を描く。


『千住少女』より

しかし! 当然というかさすがというか、プロはこのワンパな右向きと左向きの繰り返しを、様々なアングルとショットサイズへ「散らす」のである。上下の目線の位置(アングル)や対象の大きさ(ショットサイズ)を様々に散りばめてバリエーションをつけてくる。これが里好さんは地味に巧い。メインの2人登場の初っ端から、バストショット、ウェストショット、ロングショット、クロースアップ、マクロショット入り混じっている。単に「分かりやすくて読めるマンガ」を超えて、表現力というのが問われてくるプロのマンガというのは、ここから先の地平なのだ。


里好の巧さ②カメラを意識しながらカメラを無視する!

空間を意識する絵には、どこかに仮想的な画家の目線、つまり「カメラ」を置いて、その仮想的なカメラから写真が撮られているようなものだと理解することができる。だから、映画・映像の作り方とマンガの絵との距離というのは、実は結構近い。

里好さんがカメラを意識しているのはこの辺を見るとよく分かる。こんな絵を描く人がカメラ意識してない訳がない! っていうか今3DCG使えば、レンズの焦点距離とか普通に出るからな。


で、アングルやショットサイズを工夫するのは映像表現でも同じなのだけれど、これはマンガなので、いわゆるイマジナリーラインをぶっ飛ばしまくる。それがまた絵の豊富なバリエーションになっている。

こういう辺り、里好さんは、理解した上でぶっ飛ばしている(と思う)。わかった上でぶっ飛ばすっての、ほんと難しいんだよねー。意志の勝利ってヤツ?


おわかりいただけるだろうか、2コマ目から3コマ目でカメラが反対側へ回り込んでいるわけであるが、実写でもアニメでも映像作品では絶対にやらない絵である。しかし、こうしている方が詭弁くんのあさってに吠えている感が出る。

里好の巧さ③なんだその俯瞰は!そんなの良く描けるなオイ!

それから、里好さんの絵は取り立てて目立つ萌え絵に見えないかもしれないが、絵描き視点で見ていると「俯瞰の巧さ」がおかしいレベルで巧い。

背景の絵については、写真や3DCGでかなり技術的に平準化した部分はあるけれど、一般的に、萌え絵描きは俯瞰のキャラクター、特に頭の上の方から見下ろした顔を描くのが苦手である。瞳が髪に隠れたり、顎の線が隠れたりするから描き難い。できれば描くの自体避けたい。それでかわいさとか表情をキープするのはなかなか困難なのだ。だからかなり顔の形を歪まして嘘を吐かないといけないのだが、中々「コレだ!」という巧い嘘がない。厄介なので避けたい。

しかし里好さんはいろいろな俯瞰を描いてる。これは絵が巧くないと、というか、相当な試行錯誤がないと出来ない。うおぉぉ試行錯誤してんだろうなー。クソっ、巧いなアンタ!(当方、上手い絵にはもれなく嫉妬します)。

あと、斜めからの顔の描き方も巧い。この辺、里好さんはフィギュア作りまくっている故というのもあるのかもしれない。これは中々描き難いよなーという絵をさらりとお描きになってる。


さらりと描いてあるけどこの折口さんの頭頂部から観る絵は地味に難しいぞ!

里好さんは、萌え4コマ第二世代という立ち位置のみならず、重層的に読めるシットコム的な漫才マンガを切り開いていってるように思います。これからも楽しみにしてます。

(6)

著作者 : 未識 魚
最終更新日 : 2016-12-10 16:37:59


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