はじめに

「オマエがSNS上で触れたくない話題をあげろ」と問われれば、その筆頭は間違いなく生成AIである。ちなみに次点がVTuberで、三番目が政治だ。その昔は「酒席でタブーな話題は政治・宗教・野球」などとよく言われたものだが、昭和は遠くなりにけりというヤツであろう。政治が面倒なのだけは相変わらずだが、強烈なアンチがワンサカやってくるVTuberや生成AIは、児童ポルノ規制を語るより面倒くさい題材である。なんでそんな話を書かなきゃいけないんだ。永山編集長、原稿料たっぷりくれなきゃ許さんぞ。

そうは愚痴ってみたものの、なぜ面倒になるのかといえば、それは「語っておかねばならない話題だから」である。大勢の人が納得できないであろう理を語るからこそ、その言葉には意味がある。「人を殺すのは悪いことです。つまり殺人というのはいけないことです」などと同語反復をしてても許されるのは小泉進次郎氏くらいであろう。あ、しまった、政治のネタしゃべっちゃった。

画像生成の歴史は浅くない

さて、画像生成AIの歴史は、恐らくみなさんが想像しているよりは長い。以下、その歴史を簡単に振り返っていきたい。

あまり堅苦しい論文形式にはしたくないが正確性も担保しておきたいので、技術用語や固有名詞はできるだけ記述しておく。自分で調べる際にはその辺をキーワードとして利用して欲しい。極度に技術的な話はしないので「あーなるほど、ふんふん、そういう話ね、分かった分かった」くらいのテンションで、横文字を読んでいって欲しい。

インターネット上で確認が可能なアニメ・マンガ・ゲーム系の画像生成AIに限って考えるとしても、2019年には“This Waifu Does Not Exist”(https://www.thiswaifudoesnotexist.net/)というWebサービスの実装が公開されている。なお画像右側の文字はいわゆるプロンプトではない。この生成画像のキャラクターが登場するアニメの粗筋をAIが適当にでっち上げたものだ。この当時は、まだ言葉から絵を生成するという発想がない。

This Waifu Does Not Existの生成例
“This Waifu Does Not Exist”の生成例(出典:Gwern Branwen)

また同年7月にロサンゼルスで開催されたAnime Expo 2019では、sizigi studioという別の方によるWaifu Labs(https://waifulabs.com/)という実装も出展された。当時の日本でもEngadgetやGigazineなどの技術系ニュースを扱うWebメディアは記事にしていたので、記憶かインターネットの奥底から掘り起こしてみて欲しい。

これらのAIは、GAN(Generative Adversarial Network)という仕組みを基本としている。まずOpenCV(Open Computer Vision Library)というライブラリを使ってネット上に存在する絵の顔の部分だけを切り出した画像を大量に集めてきて学習素材とし、それらを潜在ベクトルzへと変換した。なおこのzという謎の多次元ベクトルが、一体何の向きと量を持っているのかは、正直俺もぜんぜん分かってない。

とはいえこの仕組みが当時画期的だったのは、内側に生成器(Generator)と識別器(Discriminator)という2つの脳味噌を用意したところにある。生成器が生成した画像を識別器が評価してOKやNGを出すことで、機械同士が競い合って生成物の品質を上げるという方法を取ったのだ。これによって生成される画像の質は、当時としてはかなり向上した。少なくとも、バケモノではなく一応アニメキャラっぽい顔に見えるピクセルの集合体が、かなり高速に生成できるようになった。

ただしこれらの実装は、正方形の画像ファイルのど真ん中に顔のクローズアップが入っているアイコンみたいな絵しか生成できなかったので、当時生成AIの大きな「問題化」にまで至ることはなかった。ほとんどの絵描きは、AIの生成する画像の出来の悪さをバカにしたか、あるいは単に存在を知らないままその時代を通り過ぎた。

この状況が大きく変わったのは、Google ResearchのJonathan Hoらが、2020年にDDPM(Denoising Diffusion Probabilistic Models)という発想を提案したことに端を発する。もしターミネーターが誰かを殺しに未来から来るとしたらJ. Hoはターゲットに入っていておかしくない。それくらい重要な発想の転換だ。

DDPMでは画像を生成する方法を直接コンピュータに勉強させるのではなく、いまネット上に存在している綺麗な画像に、少しだけノイズを乗せ(汚し)て、それをクリーニングして綺麗にするという練習を繰り返させることにした。この練習を何度も何度も何度も何度も何度も、要するに何億回も繰り返していくと、コンピュータでも「悟りを開く」ことが出来る。つまり、きったないノイズだけを与えられたコンピュータは、そのノイズを徹底的にクリーニングして、なんか綺麗な絵“のようなもの”を作れてしまうようになるのだ。これがDDPMの基本的な発想だ。このDDPMによって画像生成は大きな転換を迎える。

ここへ、2010年代からずっと研究されていたLatent Space(潜在空間)という概念が結合していく。人間にはうまく観測したり言葉にしたりできないが、絵の上手・下手に影響を与えている何らかの違いがあるはずだ。でもそれらは「潜在空間」という、人間にはもう手の届かない謎の世界のたくさんの変数であるということにした。つまり、ブラックボックスをブラックボックスのまま扱うことに決めた。

さらにCLIP(Contrastive Language-Image Pre-Training)という技術の誕生で、高度な画像生成AIの誕生は必然となった。CLIPはミュンヘン大学のCompVisチームが開発したもので、謎のブラックボックスたる潜在空間の中に、言葉と画像をセットで位置づけてしまおうという仕組みだ。ある画像に何が描かれているかを、画像のピクセルだけの解析からコンピュータに理解させるというのは極めて難儀である。というか、その試みはついぞ満足には成功していない。2015年には、Google Photoでゴリラと黒人の区別をつけられないという事件が発生したりして揉めに揉めたことをご記憶の方もおられると思う。当時は、がんばってコンピュータに教えていけば写真に何が写っているかの分類くらい完璧に「出来らぁ!」と考えていたわけではあるが、残念ながらそれはあんまり上手くはいかなかった。

しかし、である。SNSなどで人間が公開している画像には、大体人間が#をつけて画像の中身を説明している「タグ」というものが存在してることが多い。ならば、その画像の中身はそのタグの言葉の対象が写っている・描かれているのだと考えることが出来るのではないか。それを教え込めば、コンピュータは言葉と絵との関係も学習できるようになる。

念の為復習しておくが、生成AIの学習した成果、モデルと呼ばれるファイルの中には、学習された絵のコピーが入っているわけではない。記録されているのはよく分からない潜在空間というブラックボックス世界の中で圧縮されている特徴量(ベクトル)である。そのベクトルがどっちを向いていてどんな量を持っているのか、もはや生身の人間で理解できる人はどこにもいない。

そしてDDPM、潜在空間に値を入れたり出したりするVAE(Variational Autoencoder)、そこに言葉と絵の両方を入れられるCLIPなどが合わさって、2022年に言葉から画像を作る仕組みとしてStable Diffusionが、そして特にアニメ系の絵に特化したWebから使えるサービスであるNovel AI(為念、Novel AIの中身はStable Diffusionである)というものが誕生した。画像生成AIが多くの人の目に止まるようになったのは、2025年5月現在から振り返れば、だいたい3年くらい前からということになる。

生成AIが本当に「盗んで」いるもの

2022年半ばからは、毎日がウ◯コみたいな乱痴気騒ぎだ。法的な問題がない技術や実装を盗人呼ばわりする人は絶えず、悪意ある人の嫌がらせが横行したせいではあるが、「盗まれる」という実態のない恐怖に怯えて妙に病んでいる絵描きも多い。あるいは、画像生成AIを使ってハンパに自己実現や小金稼ぎができてしまった人の中には、その「成功」ですっかり変な方向へ心を歪めてしまったのもいる。

散々繰り返されていることだが、ネット上にアップロードされた言葉と絵の組み合わせをコンピュータの学習用素材に用いることに著作権法上の問題はない(第30条の4)。絵を描いた人間がAIはイヤと言うのは自由だが、そもそもAIの学習時に絵の作者からOKを取る必要はないと、はっきり権利制限に明記されている。

誰かの具体的な絵画作品に似せた画像を作ろうとして生成AIを使ったりするのなら権利侵害になるが、それは別に現行法でも権利侵害を問えるので、特に新たに法律を改正する必要はない。今まで「AIの問題」だと騒がれてきた色々な嫌がらせ、例えば、絵の作者そっくりの絵を生成して作者をからかうような行為は、現行の著作権制度や名誉毀損などの枠組みで対処できる。足りないのは技術の問題というよりも、安価な法律問題の解決策だろう。

はじめて暴露するが、俺が名誉毀損の開示請求したときだって◯十万円のコストがかかってるのだ。高いよ。やりたくないよ(もちろんちゃんと勝ってますけどね)。

いま、ネット上でAI利用を全面に出し続けて毎日嫌がらせと喧嘩に勤しんでいるようなヤツらは人間の風下にもおけない、くらいは言っちゃってもいいと思う。毎日喧嘩してるヤツらがやりたいのは「ネットの喧嘩」なのである。ネットの喧嘩を本職としてるわけではない我々が、そういう人達に関わるなんてのはマジで時間の無駄というものだ。ぶっちゃけね、俺はちょっとエッチなイチャイチャ絵でも描いているのが一番幸せなんですよ。そんな下らん喧嘩に時間を浪費したくない。俺の時間と安寧と幸福を盗むな。

私は自分の絵柄をAIに学習させるために自分の絵を何百枚も流し込んでいるが、これがなかなか似てくれない。「AIに絵柄を盗まれる」という人はよくいるが、正直、自分が欲しいように絵を学習させるのは、実はなかなか大変である。よくこんな大変なことを、悪意や嫌がらせ、あとはインプレッションを稼ぐことを目的としてやる人がいるものだ。しかも現行法でも違法だろうに。

そんな異常者がたまたま画像生成AI界隈にいたことで、状況はかなり悪化してしまった。本当に対応するべきはそういう困った人の存在であり、我々はそんな面倒な人に盗まれている無駄な時間と安心を取り戻し「人間らしい」日々の生活へ帰る必要がある。

では「人間らしい」とは何なのか?

そもそも、絵を描くというのはどれくらい「人間らしい」行為なのだろうか。

我々が美味い飯を食ったり、美酒を嗜んだり、夜も更ければ生殖行為に勤しんで子供が増えたりするような行為は、明らかに生物に特有であり、決してコンピュータに模倣されることのない、極めて人間らしい行為である。自らの身体を有し、周囲を目で見渡し、耳で音を聞き、鼻で香りを堪能し、口で言葉を発し、他者と手で触れ合う。

この時、口から入った炭水化物が唾液のアミラーゼでグルコースになりインスリンによって筋肉細胞へ取り込まれ、これがさらにピルビン酸へと解糖されてATPを生成、そして筋肉内のミオシンと結合することで筋肉が動く(で合ってるよね?)。こんなことは、絶対にコンピュータでは実現できない。

例えば、オセロやチェスはもちろん、将棋や囲碁ですら、もう人間は絶対にコンピュータに勝てない。あんなに血の滲む勝負を子供の頃から何年も続けて勝ち上がってきた、歴戦の猛者達を蒸留したような天才がどんなに熟考しても、コンピュータに勝てない。大学入試の問題だってChatGPTが解けてしまう。何年間も頑張って受験勉強してきた人もいるだろうに、コンピュータはあっさりそんな人達の努力を超えていく。

ひどいじゃないか、という人達がいることはよく知っている。だが、本当にひどいことなんだろうか。そういう一見「知的」に見える様々な行為は、実はもともと人間が大して得意な行為じゃないからコンピュータにどんどん負けるんじゃないか? という大胆な仮説を出してきた友人がいる。彼は現役で東大の大学院を出てジブリに入ってあの宮崎 駿と共にエンディングクレジットで名前を並べている、頭もいいし絵もうまいバケモンみたいなアニメ制作者だ。

確かに、我々が文字を書いたり絵を描いたり音楽を作ったり、あるいは囲碁をしたり将棋をしたり、入学試験なり司法試験なりに合格したりというのは、すべて人間の後天的な「学習」によってのみ実現できるものだ。この「学習」の成果は遺伝するものではないから、せいぜい生きている間の数十年間分くらいしか積み上げが出来ない。今のホモ・サピエンスという種として獲得してきた認知や運動の能力全般には、最低でも数万年間の生物としての歴史がある。当然ながらレベルが違うというものだ。

実はこれは「モラベックのパラドックス」という。先の章で「ネット上のアニメっぽい絵の生成に限るとしても結構古いぞ」と留保をつけたのにはちゃんと意味がある。そもそもAI研究なんて何十年もやっているのだ。このパラドックス自体は50年近く前に発見された課題で、この人間らしい知的営為だと思っていることを実のところ人間は大して上手じゃないという発見こそがAI研究の最大の成果だという研究者もいる(ピーター・シンガーという)。

現代は、我々が「知的」で難しいと思っていたことの多くが、実は大して難儀なことではなかったのではないか?という疑義が突きつけられている……いや、そうではないな。我々は「知的」で難しそうなことを偉いことだ立派なことだと思っていたけれど、実はそれは偉いわけでもすごいわけでもないんじゃないか? 強いて言うなら「ちょっと変」くらいなだけなんじゃないか? というような問が突きつけられているのだ。

我々は絵が知的な営為だから好きなのか? それは間違いなく違う。絵はもっと、人間の情念や身体とつながっているもののはずだ。逆に考えれば、そういう情念とつながっていないキャラクターの三面図のような絵や、特に大きな意味を持っていないアニメのイメージBGや、今の場面が街中であることを伝えさえすればいいような背景のビルの絵とか、覚悟を決めてもっと言っちゃえば、凡百のテンプレ美少女がニコッとパチッとしているような絵は、別にAIに描いてもらって全くかまわないんじゃなかろうか。そんなもんは、ぶっちゃけ大して知的でもないし創造的でもないのだ。

画像生成AIで生成した、創作性がないと筆者の考える画像例
画像生成AIで生成した、創作性がないと筆者の考える画像例

筆者には、性癖なら売るほどあるが、人間らしく大して「知的」な営為が得意ではないので、生成AIにその苦手な知的営為を助けてもらおうと思っている。だから自分のコンピュータにStable Diffusionを入れ、高価なGPUをブン回して、自分のこの20年くらいの絵を全部覚え込ませている。そんなことをやってどんな絵を生成しているのかを1枚だけ紹介しておこう。繰り返すが、人間は“大して絵が得意じゃない”ので、その得意じゃない部分を手伝ってもらっているのだ。手伝わせているのは主に構図と配色である。これは画像生成AIがべらぼうに得意なジャンルと言えよう。つまり、絵の構図や配色には、何か普遍的な正解といっていいようなルールがあるのだろう。ブラックボックスである潜在空間の中には答えっぽいものが埋まっているのだから。その辺りの追求をこの数年間俺は延々とやっているので、よかったら技術書典というイベントか電子書籍売り場にでも来て下さい(ダレマ)。https://techbookfest.org/organization/6326160141058048

一方で、AIが苦手な表情や手・脚などの身体の演技には期待していない。なぜAIが表情(特に複数キャラ同士での表情)や手の演技などが苦手なのかといえば、それはAIが感情や身体を持っていないからだ。さらに、複数枚の絵を並べたときの前後の関係も生成AIには処理できない。だからAIは直接マンガを描けない。画像を並べて物語を作ること、モンタージュが出来ないのである。画像生成AIは、絵の時間軸についてはまったく学習出来ていないというか、学習する方法(アルゴリズム)自体、まだ世界の誰も思いついていない。故にそれらは人間の仕事である。

筆者の画像生成AIでの生成例(無加筆)
筆者の画像生成AIでの生成例(無加筆)

画像生成AIからは、まあまあ良い構図と配色の提案が出てくる。しかし生成AIからは、直接あなたの新しい性癖を増やすような、今まで感じたことのない新しい心的状況を生み出してくるようなアウトプットは、何億分の一みたいな偶然がない限り、出ることはない。絵として仕上げたいなら、この、部分的には優れているが己の身体とまったくつながってない生成物を利用して、己の性癖や身体につながる「作品」へまで持って行く必要がある。

だから。俺はここで新しい「反知性主義」を掲げようと思う。あなたが「知的」だと思ってることは実は大して知的ではない。人間は何が上手なのかといえば、人間という生物に決定的に結びついていることだ。表現の世界でということなら、例えば自分の身体や欲望や感情に直結する表現を作ることである。この世に実体として存在しているわけではない自身の身体の認知や自身の欲望・感情、そんな手に取れない何かを絵や文章へとつなぎこむことができれば、あなたのそのアウトプットは絶対に生成AIでは作れない。

この雑文のはじめの生成AIの歴史のまとめは、ChatGPTにかなり助けてもらっている。arXiv(プレプリントサーバというジャンルのサイトだが、要するに誰もが読める形で論文が載ってると思ってもらえればいい)をはじめ様々なオンラインのリソースをたどって時系列順に並べたり、理論と実装されてるgithubのコードとを比較したりするような処理はたいへん得意だ。ただし、俺のように、まあまあ読ませる面白い文章にまで仕上げてくる能力があるわけではない。AIには意志や目的がないからな。AIが出来るのは素材の整理までなのだ。そして、後半のモラベックのパラドックスなどの話は、信頼のおける長年の友人同士の議論の中から出てきたもののみで構成されている。

私が「創作性がない」と言ってしまっている画像生成AIのつまらんアウトプットと、何かの創作性を生み出す土台として使おうといろいろ試行錯誤して生成した画像との違いがわからない人は、はっきり言えば「知的」な何かの生成にそもそも向いてない。だから生成AIがどんどん活用されるようになってくれば、「知的」な活動をさほど行わない方向へ誘導されていくことになるだろう。これは決して、その人間がバカで役立たずで価値がない烙印を押されたということを意味しない。その逆で、あなたはとても「人間らしい」ということだ。だから人間らしく美味いものを食って糞して寝るといいのだと思う。知的なコンプレックスとは、バカの証ではなく人間らしさの証明であり、生物としての賛歌である。そういう意味で、生成AIは多くの人を救った。凡人を人間らしいと肯定してくれる存在、それこそが生成AIだ。

さて、あなたはどれくらい「人間らしい」人間ですか。ちなみに、俺はかなり人間らしくない(つまり変なヤツ)と言われてきました。